一人山歩きを始めてから変わったこと - その他

一人山歩きを始めてから変わったこと

 今日は少し趣向を変えて一人山歩きをしていて感じたことや自分自身が変わったと思うことについて書きたいと思います。

<山歩きが楽しいと思った時>
 私は山歩きには最初から関心があったわけではありません。最初は運動不足と趣味で始めた街歩きから始まっています。たいして運動もしていなかった私が意外にも街歩きでそこそこな長距離が歩けることが判明。街歩きよりももっと自然の中を歩きたいと思いはじめ、ある時たまたま小さな山を歩く機会が訪れました。意外にもその山歩きが苦にならず楽しかったのです。汗も大量にかくし、足も筋肉痛になりましたが、それでも楽しかったと思えました。

<山歩きで得られた感動>
 山が楽しいという感覚は、私の魂に火をつけネットで近隣の山歩きコースを調べたり、山歩きに必要な靴や持ち物などの情報を調べるうちに、またすぐに山に登りたくなりました。そして、まずは簡単な山ということで、天王山や信貴山、須磨アルプスなどに登りました。登るときはつらかったですが、山頂の景色や自然の中を歩く心地よさに感動しました。また、山歩きをしていると見ず知らずの人とすれ違う時に「こんにちは」と挨拶を交わすことにも普段の生活ではない心地よさを覚えました。

<山歩きのつらさを知る>
 山歩きが楽しくなって調子に乗ってどんどん長い距離を歩いたりしているうちに、ある時、山歩きの途中で膝を痛めてしまうアクシデントに見舞われました。山頂から下山途中で、自力でほぼ山頂近辺から駅まで下りる必要がある状況です。痛みをこらえて、歩いている状況でしたが、なんとかせねばという気持ちで木の棒を拾って杖代わりにしたり、休み休み歩いてなんとか下山できました。意外にも歩いていると体が温まっているせいか、膝の痛みも幾分か和らいでいるように感じたのを覚えています。逆に家に帰ってきてからの方が痛かったです。我ながら人間の底力みたいなものを感じました。

<己を知り山歩きを楽しむ>
 一人山歩きで多くのものを学んだ気がします。体力、歩き方、時間配分、道迷い、水分補給の重要性、孤独感、恐怖感・・いずれも一人で歩いてみないとわからないものだと思います。一人山歩きは己を知るのにもってこいなのかも知れません。
 苦しんで山を登っている時、水分補給不足で意識朦朧としている時、一歩一歩進んでいることだけに集中している自分が見えます。気が付くと山頂近辺に近付いていて、「あともう少し」を心の中で繰り返してまた一歩一歩登る。ついに山頂に到達した時には、一瞬ですが、なんとも言えない心地よさと開放感が味わえます。

<山歩きで得られた人生感>
 人生も山登りと同じようなものかも知れません。一瞬の心地よさのために、苦しくても一歩一歩前に進む。そして少しづつ長い距離、高い山とハードルを上げながら、一瞬の喜びのために、また一歩一歩前進する。まさにこれが本当の人生なのかも知れません。苦しみから逃れようとしたり、一歩前進することを拒んでいると、結局、人間進歩しないのだとつくづく感じ、自分の人生を考え直す良いきっかけにもなりました。山が楽しいのなら人生も一歩進む勇気を持てば楽しめるものだと思います。

以上

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